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かぐわしき、この世界―嗅覚メカニズムの解明でQOLを上げる

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 東原和成

実行中

更新日:2022.01.18

私たち人間は、数十万種類もの匂いのもと(匂い分子)を嗅ぎ分けることができるといわれています。五感の1つである嗅覚は、生活の質に大きな影響を与えるといわれる感覚でありながら、嗅覚のメカニズムには未解明な点が多く、視覚や聴覚のように、感覚に働きかける革新的で多様なサービス開発がなかなか進んでいませんでした。私たちは、匂い分子が人の“カラダ”に及ぼす効果の解明と、匂いの客観的な評価基準の作成に取り組んでいます。その成果を用いて、匂いの技術を広く企業に使ってもらえるような仕組みづくりをしたいと考えています。目指しているのは、自在に香りをデザインする技術の実現です。

キーワード

アクション詳細

目指す社会のあり方、ビジョン

もし香りを適切にコントロールできれば、より快適に過ごせる環境をつくれるはずです。私たちは、私たちの行っている匂いの作用を特定する研究成果を、匂いを活用した製品・空間づくりに活かし、新たな匂いの価値を伝えたいと考えています。

現状とビジョンのギャップ、課題の構造

私たち人間は五感でも特に視覚と聴覚に頼って生活しているといわれています。一方、匂いを感じる感覚「嗅覚」は、私たちの身体にさまざまな影響をもたらす重要な感覚であることはあまり知られていません。例えば、肉が焼かれる香ばしい匂いを嗅ぎ食欲がわくこともあれば、苦手な匂いを嗅いで気分が悪くなることもあります。しかし、近年まで嗅覚のメカニズムは、明らかになっていませんでした。

アプローチの方法

生き物は外から何らかの刺激を受けた時に、「刺激を受けたよ」という情報を脳に伝え、反応し、行動します。その刺激の1つが、匂いです。

匂いのもとは、空気中に漂う化学物質「匂い分子」です。匂い分子が、鼻の中の上側にある粘膜に届くと、匂いを感じるための「嗅細胞(きゅうさいぼう)」の先端にある、無数の細かい毛のような「嗅繊毛(きゅうせんもう)」でキャッチされます。それが電気信号(シグナル)に変換されて大脳に伝えられ、大脳が「匂いだ」と判断します。例えば、おいしそうな肉の匂いを嗅いだ時には、肉から出る匂い分子が鼻の粘膜に入り、嗅繊毛で匂い分子をキャッチ。肉の匂いを感じるための嗅細胞が働いて、大脳へ情報が送られることで、「これは肉だ!」と記憶を呼び起こし、「食べたい!」といった感情を引き起こすのです。大脳へと送られた匂いの情報は、匂いのイメージをつくる嗅皮質に伝わった後、過去の記憶と関連付けて「何の匂いか」を特定する海馬、「快い匂いか不快な匂いか」を判断する扁桃体、ホルモンの分泌に関わる視床下部に伝わります。また、食べ物の匂いでは、前頭野で、味覚や触覚、温度感覚の情報と併せて「風味」として感じるのです。このように、鼻と脳が連携して、匂いを瞬時に判断しているのです。

また、普段は気づくことができないような微かな香りを使って、仕事場のストレスを減らすといったことも可能になるかもしれないと考えています。微かな香りでも脳へ伝わるので、香りに対する好みの個人差を最小限にすれば、より良い環境をつくり出すことができるでしょう。匂いの効果を自由自在にあやつることができるようになれば、意図的に快い環境を作ることができるだろうと考えています。


匂いを感じる仕組み~嗅細胞と嗅繊毛の役割、匂いを知覚する大脳のはたらき~

これまでの活動実績

まず、数百ある「嗅覚受容体」と呼ばれる匂いセンサーの機能の解明と実証を進めました。その結果、数十万種類ある匂い分子が持つ、フルーティーやフローラルなどの質それぞれに寄与する「嗅覚受容体」を見つける技術を開発することに成功しました。


匂い分子と嗅覚受容体の組み合わせ

次に、悪臭がもたらす不快感が体に与える影響を科学的に解明に挑みました。人間はストレスを感じると、唾液中にα-アミラーゼと呼ばれる酵素を分泌します。いくつかの匂いを嗅ぎ、出てくるα-アミラーゼの量を計測した結果、不快な匂いを嗅ぐと多く分泌されることが分かりました。この結果から、不快な匂いを嗅ぐとストレスが増すことが明らかになりました。また、悪臭とされる匂い物質でも、心地よいと感じる匂い物質と合わせると、α-アミラーゼの分泌量が大幅に減少し、ストレスも感じなくなることも発見しました。

さらに、視覚や聴覚から得た情報や感じ方によって、悪臭によって受けるストレスの度合いが変化することも発見しました。


唾液中のα-アミラーゼと匂いの不快さの相関

今後のマイルストーン

自在に香りをデザインする技術の実現を目指します。まず、香りの評価基準を作り、香りの感じ方を予測できるようにします。私たちは、既に嗅覚受容体の感度に個人差があることを発見していますので、今後は、匂いの好き嫌い、匂いによる情動・行動の変化に影響する嗅覚メカニズムを解明しようと取り組んでいます。また、実用化に向けて、オーダーメイドの香料、すべての人が心地よい環境づくりのための技術、微弱な匂いを継続的に使用した際の健康効果への影響を明らかにしようと研究中です。

必要なリソースや提案したいこと

匂いの効果を調べるための技術を確立し、匂いの活用を考えている企業に匂いの技術を広く使ってもらえるような仕組みづくりをしようと考えています。例えば、育児における子の体臭の役割を調べることは、母と子の生活をサポートするような仕組みづくりに活かすことができます。赤ちゃんが多く出す匂いを母親に嗅がせると、母親のオキシトシン量が上昇し、母親と赤ちゃんの絆を深めるホルモンのレベルが上がる効果があることも分かっています(特許取得済)。

消臭消臭とネガティブな意味で匂いをターゲットにするだけでなく、ポジティブにQOLをあげる方向で匂いを活用していく戦略が求められる時代にしたいと思います。

アクションリーダー プロフィール

東原和成(とうはら・かずしげ)

東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室 教授。1998年から神戸大学バイオシグナル研究センター助手を経たのち、1999年より東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 助教授、2009年より現職。

2012年~2018年、ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト研究総括兼任。2013年~2016年、中国浙江大学客座教授兼任。
2019年~ 未来社会創造事業「香りの機能拡張によるヒューメインな社会の実現」プロジェクト総括。

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