染色排水の無害化を切り拓く最先端の草木染め

北陸先端科学技術大学院大学、山梨県立大学

天然染料による染色(草木染め)を「素早く」「濃い色で」「様々な対象物に」染めるために、色素と繊維間に働く分子間力を最大化する技術を開発しました。これにより、現代社会を支えながらも環境負荷が懸念されてきた化学染料、その一部を天然染料に置き換えることができます。その先駆けとして、伝統産業「加賀友禅」で使われている全ての化学染料を天然染料に置き換えました。そこで使われた天然染料は、全て地域の廃棄農作物から作られました。この取り組みは染色排水の無害化だけでなく、地域資源によって特色ある製品作りを実現し、環境影響と経済性を両立させた地域発展の歩みを促します。
アクション詳細
目指す社会のあり方、ビジョン
例えば「兼六菊桜で染めた加賀友禅を着て、兼六園にお花見に行くこと」や「自分の好きなワインで染めたドレスを着てワインパーティーに参加すること」、こういったかっこよさは今までの化学染料の社会にはありませんでした。草木染めの価値は環境に優しいだけではなく、このような新しいかっこよさや価値観を社会に提供できる点にあります。「環境に良いモノを選ばないといけない」といった義務感や制約に訴えるのではなく、「かっこよいと思えるモノを選ぶ先に自然と環境に良いモノがある」、そんな社会を目指します。
現状とビジョンのギャップ、課題の構造
150年続く化学染料の歴史において、近年では発がん性や水質汚染など、その染色排水が問題視されています。環境負荷を低減する一つの方法として天然染料への置き換えが期待されていますが、天然染料は光による退色が激しく、更に染色に多量のエネルギー(高温・長時間の染色条件)と資源を必要とするなど、その実用化には多くの課題があります。
アプローチの方法
私たちが目指すのは「化学染料から天然染料へ」の社会的な潮流作りです。その実現に向け、私たちは科学技術と地域共創の枠組みを築きました。
◆3つの科学技術
半導体の研究で生まれた成果(カシミール・リフシッツ力の工学設計技術)を天然色素の吸着力の制御へと展開し、3つの世界初となる科学技術を開発しました(図1)。
・高機能な天然染料の設計技術
従来80℃・30分を必要とした染色を、25℃・15秒へと簡易化、更に耐色性も大きく向上
・インクジェット草木染め技術
草木染めが持つコストと生産性の壁を突破し、廃液の出ないデザイン自由度の高い染色を実現
・合成繊維の草木染め技術
従来は草木染めが不可能な合繊の表面にシルクをコーティングすることで、草木染めを実現
▼図1. 本活動で開発した3つの科学技術。ここでは一例として地元石川県の能登ブルーベリーで染めた合成繊維の草木染めドレスを示します。
◆地域共創の枠組み
社会課題の解決には関係するあらゆる人が協力できる場所が必要です。分野の壁を越えて集まった人が対話する場所として、プロジェクト「ArtTech」を立ち上げました(図2)。そこには40を超える組織と130名を超す参加者が集いました。更に来場者3,500名を超すオープンフォーラム(@金沢城)の開催、ファッションショーを通した草木染めドレスの発表、海外での展示などを通し、私たちが目指す社会ビジョンを発信し、地域や国際社会と共有する取り組みを続けてきました。
▼図2. 本活動はプロジェクト名「ArtTech」と命名されており、7大学、40以上の組織、130名を超えるメンバーが集まっています。金沢城で開催された成果報告会は3,500名を超す来場者を迎えました。この活動の目的は「かっこいい社会」をつくることであり、その中の1つの成果が今回紹介する最先端の草木染めになります。
これまでの活動実績
◆ 伝統とは当時の最先端
石川県の伝統産業の1つ「加賀友禅」、これは150年前から化学染料を用いています。今回、全ての染料を天然染料に置き換え、150年前に停止した「草木染め友禅」の歩みを再び進めました(図3)。染料は石川県の廃棄農作物(兼六菊桜の花弁、石川ルビーロマンの皮、金沢ゆずの落ち葉、能登ブルーベリーの廃棄果実など)を使用しています。最先端の科学技術による伝統産業のアップデートは、地元農家(染料の提供)と友禅作家が協力するといった新しい共創の形を作り、地域性を活かした競争力のある製品を生み出します。
▼図3. 草木染め加賀友禅。地域の子供と一緒に、染料の素材となる草木集めから開始しました。最先端のテクノロジーを用いて、地域の人たちと一緒に旧き良き草木染め文化を伝統文化に取り入れます(協力:加賀友禅作家 久恒俊治氏)。
◆ 染料における脱石油化学社会に向けて
世界2位の環境破壊産業とも言われるアパレル産業は、150兆円市場と7.7%の成長率と共に、世界の汚染排水の20%を排出している点が危惧されています。高機能な草木染め技術の開発は、150年続く化学染料に基づく染色文化・産業を水質汚染の制約から解放する可能性を持ちます。
アパレル産業における「脱石油化学社会」へのビジョンを描くために、私たちは草木染めドレスを作製しファッションショーという形で社会に発信してきました(図4)。そして草木染めは環境に優しいだけでなく、最先端でかっこよいものだという認識を地域と共に作ってきました。
▼図4.共立女子大学を中心に多くの協力者と共に実現した草木染めのオリジナルドレス。他にも10点のドレスを作製。私たちが目指したのは草木染めの持つ「かっこよさ」を伝えることでした。これまで趣味の領域に留まっていた草木染め文化を、科学技術によって染色産業へと繋げてゆきます。
今後のマイルストーン
それぞれの地域でしか実現しえない草木染め製品を作ります。天然染料の原料という視点で見た時、地域には使われていない、しかも競争力のある固有の資源(植物や果物)が多く存在します。そして染色を通して連携可能な多くの地域産業が存在します。今までの活動を水平展開し、地域を支える人達と協力できる枠組みを創ってゆきます。
必要なリソースや提案したいこと
多くの人が「サスティナブル」を訴える社会において、そのキーワードはよい意味で競争資源としての価値を失っていってほしいと考えてます。サスティナブルであることは当然として、更にどんな社会価値を提供できるのか、それを示せる製品や活動にしてゆきたいです。その視点で草木染めの価値は何か?私たちなりの答えを冒頭の「目指す社会のあり方、ビジョン」に記載しました。
アクションリーダー プロフィール
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北陸先端科学技術大学院大学、山梨県立大学
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増田 貴史 / 北陸先端科学技術大学院大学 講師
セイコーエプソン株式会社、JST ERATOプロジェクト、北陸先端科学技術大学院大学・マテリアルサイエンス研究科・助教を経て現職。また、その過程で大学発ベンチャー㈱ククルスの取締役、ウィーンVerein ArtworkerのAdviserなどを兼務。これまでにシリコン半導体や分子間力に関する研究活動に従事。主な受賞歴として、2019年度JST主催のSTI for SDGsアワード文部科学大臣賞の他、2020年にJC主催のSDGsピッチコンテスト最優秀賞、同年ドイツFalling Walls 財団主催のFalling Walls AwardのEmerging Talents部門Finalistなど。趣味は茶道。
杉山 歩 / 山梨県立大学 准教授
北陸先端科学技術大学院大学・知識科学研究科・助教、山梨英和大学・人間文化学部・准教授を経て現職。これまで観光学、サービス科学、計算科学などの学際領域で分野横断的に価値創造に関する研究活動に従事。主な受賞歴として、2019年度STI for SDGsアワード文部科学大臣賞の他、観光分野では顧問として大学生観光まちづくりコンテストにて2016,2017年に2年連続で観光庁長官賞受賞、2020年運営事務局長賞受賞など。社会貢献活動として(一社)Mt.Fujiイノベーションエンジン理事、ヴィジョナリーパワー株式会社取締役など、地域における価値創造に関わる。2020年度より山梨県立大学・地方創生機構・教育プログラム長として文部科学省COC+R事業のプログラム推進にあたる。
団体/企業詳細
- 団体名
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- 北陸先端科学技術大学院大学、山梨県立大学
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