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「培養肉」で食の世界に革命を起こす

竹内昌治

実行中

更新日:2021.09.29

世界の人口は、2050年に97億人に達すると試算され、人類が食べる肉の量も、現在の1.8倍に増えると言われています。その結果、畜産だけでは、増加する需要に応えることが難しくなると考えられています。もし、本物の牛肉と見分けがつかない「培養肉」を、安く大量に、また、効率的につくることができるようになれば食料不足の解決につながるかもしれません。

私たちは、機械工学と生体材料を融合させた新しい工学の創造という角度から、一見、異分野とも思える培養肉の研究開発に取り組みました。機械工学は、スマートフォンや自動運転など、人の役に立つものを世の中にたくさん送り出してきた学問分野です。食を“作る”ことも世界中の70億人に貢献しうる重要なテーマと考え、チャレンジしています。

キーワード

アクション詳細

目指す社会のあり方、ビジョン

「培養肉」とは、牛などの動物から取り出した少量の細胞を、動物の体外で増やしてつくる「本物の肉の代用品」です。2013年にオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授が、世界で初めて培養肉でハンバーガーをつくり、試食会を開催しました。日本でも、20193月に発表した私たちの研究成果、世界初の「サイコロステーキ状の培養肉」が大きな話題を呼びました。

私たちは、培養肉が4つの社会課題の解決につながると着目しています。1つ目は、世界人口の増加による食料不足問題、2つ目は家畜の生産による環境負荷の増大、3つ目は食の安全性の確保、4つ目は食肉の廃棄、いわゆる「フードロス」の削減です。

現状とビジョンのギャップ、課題の構造

「肉の代用品」自体は新しい考え方ではありません。豆腐ステーキや大豆ミート、そして日本人になじみの深い精進料理でも、肉や魚に見立てた料理が振舞われています。最近では、欧米を中心に植物由来のタンパク質でつくられたハンバーガーやソーセージが開発され、市販もされていますが、肉の代わりとなるほど普及はしていません。

アプローチの方法

現在、培養肉は細胞を集めたミンチ状の肉が主流ですが、私たちが実現を目指すのは、もっと大きな肉の塊、3次元構造を再現したステーキにできるような培養肉です。

一般的に細胞の培養は、シャーレなどの容器の中で行われます。容器の中で、養分を供給するための溶液(培養液)にひたして培養した細胞は、通常、シート状の2次元構造にしかなりません。しかし、実際の筋肉は繊維状の組織「サルコメア」が同じ方向に並び、これが立体状に集まった3次元構造です。従来の方法では、サルコメアがランダムな方向に増殖してしまうため、いかにして方向を揃えるかが課題でした。

そこで私たちは、コラーゲンで細長い入れ物をつくり、その中で細胞を培養することで細胞同士を縦方向に結びつけながら成長させました。これを横に並べることで、繊維の向きが揃った細胞のシートができ上がります。さらに、このシートを重ねることで、3次元構造を再現できると考えました。ここには、体外で細胞から組織をつくる「ティッシュエンジニアリング」と呼ばれる再生医療分野の知見が活かされています。

これまでの活動実績

世界で初めてつくったサイコロステーキ状の培養肉(1.0cm×0.8cm×0.7cm)

上記のアプローチ方法で、私たちは、従来は難しいとされていたサルコメアの再現に成功し、20193月に世界初の「サイコロステーキ状の培養肉」を発表しました。できあがった培養肉の大きさは、1辺が1cm程度ではあるものの、これまで開発されてきたミンチ肉よりも格段に大きな構造です。

現状では密度が本物の肉と比較してまだまだ足りませんが、細胞の成熟を促進する成分等の発見など、目標達成への糸口がようやく見えてきました。

また、研究開発だけでなく、「食べても大丈夫ですか」といった食べる人のニーズや不安にも、きわめて真剣に向き合っています。

今後のマイルストーン

今後の目標は100gのステーキ肉をつくることです。これは、これまでに開発した方法で実現できると見込んでいます。しかし、大きさだけでなく食用として受け入れてもらうには、味や食感の再現も必要です。私たち研究者がやるべきことは、培養肉を筋肉で再現することに学術的な価値を見出すことはもちろんのこと、主観的な肉の美味しさの解明だと考え、限りなく本物の肉に近づけようとしています。

また、培養肉を食用だけでなく創薬分野へ利用することも期待されます。薬の開発の過程では、コストや動物実験に対する倫理的な問題が見逃せません。その点、人の細胞から作った立体組織で薬効をテストできれば、コストや倫理的な問題をクリアする可能性があります。

必要なリソースや提案したいこと

何億年もかけて進化した生物の身体の仕組みには学ぶところがとても多く、工学者にとっては驚きの連続です。また、その働きを再現する難しさも感じています。だから私はこれまで、再現することだけを目指すのではなく、生物の身体を素材として機械と組み合わせる研究を続けてきました。もちろん、培養肉だけで全ての課題が解決されるわけではありません。しかし、1つの選択肢として、問題の拡大を抑えることはできるはずです。

アクションリーダー プロフィール

竹内昌治

東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻 生産技術研究所(兼務)教授/
1995年東京大学工学部産業機械工学科卒業。1997年同大学大学院工学系研究科機械情報工学専攻修士課程修了。2000年同博士課程修了。2001年東京大学生産技術研究所講師、2003年同助教授、2014年同教授、2019年同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻教授、現在に至る。この間、2004~2005年 ハーバード大学化学科客員研究員、2008~2018年同大学生産技術研究所バイオナノ融合プロセス連携医研究センター センター長、2010~2017年JST-ERATO竹内バイオ融合プロジェクト研究総括、2017~2019年同大学生産技術研究所統合バイオメディカルシステム国際研究センター センター長などを歴任。専門はバイオハイブリッドデバイス、ナノバイオテクノロジー、マイクロ流体デバイス、MEMS、ボトムアップ組織工学。

団体/企業詳細

団体名
  • 竹内昌治
連携パートナー
  • オランダ・マーストリヒト大学 教授 マーク・ポスト博士

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